arukikkuの日記

映画、ゲーム、小説、漫画、アニメ、などの感想。独断と偏見で好き勝手に書いてます。

司法試験に落ちた人へ

こんにちは。あるきっくと申します。

今回は感想ではなく、司法試験について、不合格だった方に向けて少し書かせてください。

具体的な勉強法に突っ込んだ話ではありません。今結果がでなくて苦しんでいる人に何かこうしなよ!と強く勧めるものでもありません。ただ、自分の経験をつらつら書いてます。言いたいことのニュアンスが少しでも伝わると嬉しいのですが、もし読んでみて、ただの自分語り・自慢話にしか感じなかったら、この記事のことは、どうしようもない奴が書いたクズ記事だと思ってスッパリと忘れてください。もうすでに次への決意をしっかりと固めている人や、モチベーションを確立できている人にとっても、あまり意味のない記事だと思うので、スルーしちゃってください。

 

私は法科大学院を出て、1回目短答落ち、2回目で最終合格しました。一回目落ちた時、というかその直前期くらいからめちゃくちゃ精神状態が悪く、不合格以降「司法試験 落ちた」でググりまくっては絶望的な未来しか描けずにいました。当時のことを思うと軽いうつ状態で、本当に人生の危機でした。いまもし同じ気持ちでいる人がいたら、以下だいぶ脈絡ない文章ですが、目を通していただけたら幸いです。

 

私が受験前から精神状態が悪かった理由は、モチベを失いかけていたからでした。

10歳のころ、「司法試験に受かって弁護士になり、人の役に立つこと」を夢として設定し、そこから10年ちょい順調にそこに向かって歩んでいたのですが、ロースクールに入ってガチで命がけで(仕事やキャリアを投げうってローに入って)法曹を目指す人たちや、才能と努力を兼ね備えた本物の天才たちに出会ってしまい、端的に言えば挫折しました。そして、自分がなぜ法曹になりたいのか、本当にそれがやりたいことなのか、という一番の気持ちに向き合ってみたところ、法曹への想いがかなり曖昧になり、試験勉強のモチベをほぼ失ってしまいました(これがロー卒業ちょい前くらいの時期)。

モチベがないことが頑張らない理由にはならないんですが、マイナス思考がマイナス思考を生んで、法科大学院制度を恨んだり、それを作った官僚を恨んだりして、どんどん集中できなくなっていきました。

 

実感として、司法試験は「正しい努力」を「一定程度」積めば合格する試験だと思います。でも、一部の天才以外の人にとっては、その「正しい努力」の見極めや調整が結構難しく、「一定程度」が他の試験の比じゃないレベルである、という点で、非常に難しい試験だと思います。

なので、しっかりとしたモチベ抜きでは突破困難です。モチベがあっても、強い思いでなければやはり上記の努力を続けるのは難しい。

 

私の場合、一回目のときは上記のようなモチベ不足の結果、準備不足・自信不足に陥り、短答落ちしました。

短答の自己採点で落ちたと知ったときは、めちゃめちゃ情けなかったです。ローで多額の学費をかけてもらって、皆に応援してもらっといて、短答で落ちんのかよっていう感じで。6月中は毎日意味もなく涙が止まらない、みたいな日々を過ごしていました。

 

ですが、とにかくこのままでは自分の人生が本当にダメになると思い、とりあえずこの先の方針を何でもいいから考えることにしました。

そのために、一度本当に自分のやりたいことを考えたのですが、結局のところそんなものは大して見つかりませんでした。今まで司法試験に受かって弁護士になるというルートで生きてきたため、他のルートはどうもしっくりこないし、かといって弁護士になって凄くやりたいことがあるわけでもないんだけど、とにかく路線変更しようにも全部逃げみたいに感じられてしまう、という感じでした。

逃げとしてでなく、別に本当にやりたいことが見つけられる人は、迷わずその道を行けばいいと思います。その選択は逃げではなく正しい「勝ち」の選択だと思います。

でも、私の場合、とにかく「司法試験合格」がこの先どこにいくにせよ、自分の人生を良いものにするための主観的な「要件」になってしまっていました。これは他人から見たら、手段の目的化ってやつなのかもしれません。某司法試験予備校の先生にいわせれば、大事なのは結果ではなくその先で何をしたいか、のはず。司法試験はあくまでその手段でしかない。これまで何度も聞いてきた言葉でした。たしかに、目的なく司法試験合格だけのために司法試験を受けるなんて、ダメなのかもしれない。志望動機としては本当にダメなパターンですよね。このことで本当に何日も悶々としていました。

しかし、悩みすぎてよくわからない状態になっていたある日、受験を辞めると決めた友人に会い、そこで言われました。

「お前は辞めない方が良いよ。なんか、未練ありそうな顔してるから」

未練ありそう、確かに。前回モチベのない状態でなーなーで受けて、落ちて、やりきれなかったことが、未練ある。すごく未練ある。

そこから、もう一度冷静になって試験について考えました。そして、自分のプライドのため、これまでの勉強に意味を持たせるため、将来の選択肢を増やすため、周りに逃げたと思われないため、そして何より自信をもつために、私にとっては司法試験合格が必要なんだと気づきました。

そういう理由で試験を受けることが正しいかどうかはわかりません。手段の目的化も甚だしいかもしれない。でも、もはやそこまで思える対象に出会えたということ自体が、幸福な事だったんじゃないかなと、開き直りました。

 

その上で、ずるずると受験生活を続けないために、次の受験を最後にする、と決め、そこに向けて全力でやりきることに決めました。つまり、全力で①「受かるためにすべきことは何か」を考え、それを②「物量的に全力でやりきる」、という決意をしました。

具体的には、インプットについて、①自分なりに試験に必要なことを網羅した一元化ノートを確保し、②それをちゃんと意味と答案表現を意識しつつ何十回も反復しまくる。

アウトプットについて、①良い問題(過去問や初見の答練など)を②ちゃんと2時間で書く練習をしまくり、人に添削してもらい、良問は何度も解きなおす。

という感じでとにかく週一の答練以外は毎日自宅にこもって必死に机に向かいました。

私は自頭がだいぶ悪いので、こういう愚直な努力しかできませんでしたが、それでもこれが思いつく限り最善で、これ以上のことができないんだから、これでダメだったらもう諦めがつくと思いました。

途中、涙が勝手に出てきすぎてノートが読めないとか、腰を痛めて机に長時間座れないとか、嫌な夢ばかりみて寝れないとか、なんか辛いことが沢山ありました。一番悪い時は遺書の答案構成とかしました。そのときはさすがに自分でもヤバいと思って、割と直前期でしたが、思い切って友人と温泉に行きました(びっくりするほど楽しかった)。

恥を忍んで友人に超つたない答案を見てもらったり、直前期クソ点数の低い答練の結果も吐きそうになりながらなんとか復習したりして、とにかく自分のダメな部分と向き合って、決めたスケジュールを着々とこなしていきました。

 

で、本番前日。もうここまでやってダメならええわ、という感じで、最低限の教材をもってホテル入り。はやめの時間に布団に入りました。しかし、寝かけた時にラインがきて起こされました。前日なのになんだよ、と思って携帯の画面を見たら、ロー時代の友人たちからの「がんばれ!」っていう写メ付きのメッセージが届いていました。

数ヶ月連絡をとっていない友人たちだったので(落ちてる身分だから受かった子に連絡を取りづらい)、完全に予想外で、ひとり嬉し泣きしました。それまでも人生で辛いことや嬉しいことは色々ありましたが、多分この時が一番「自分、幸せ者だなぁ」とおもいました。

 

結果、本番は努力のかいあってか「どのくらい書ければ合格答案か」がだいたい感覚としてつかめて、割と心のゆとりをもって臨めました。最終日の短答刑法は大分知識が抜けていて焦りましたが。それでも、自分で決めた勉強をやりきった感がもの凄くあって、そのおかげでミスしても悔いはありませんでした。

 

結果が合格だったから、今こうやって一部始終をスラスラかけている部分は大きいと思います。でも、私にとっては「やりきった」という感覚や、受験期にそれだけ命がけで挑めたという記憶を得られたのが、ものすごく良かったなと思うんです。人生でそんなにすべてを懸けて挑むことなんてきっとそう多くないし、何よりこんなに人の優しさが身に染みる時間は他にないと思います。

一発合格の人に比べたら、不合格経験は本当に苦しいもので、孤独で、キャリアとして停滞した時間だったと思います。家族にも周囲にも沢山迷惑をかけて気を遣わせたと思います。でも、落ちたからこそみじめな気持ちを味わって人にやさしくなれたし、自分の情けなさを知って、もっと良い人間になりたいと思うようになりました。このことが、凄く人生にとって良かったと思います。

 

長々書きましたが、だからどうしろってことは何も言えないです。司法試験は、軽々と来年もとりあえず受けなよ、とか言っていい試験ではないと思うし、選択はひとそれぞれで、その意味づけもその人次第だと思います。

でも、もしやり切りたいという気持ちがあるなら、すべてを次の一回に懸けて挑むというのも、アリだと思います。

頑張っている人のことは、誰かが見ているし、何より頑張った人は、周りの頑張っている人に気付くことができるようになります。

少なくとも私にとって、不合格後の1年間はかけがえのないものになりました。

これを読んでくれた人にとっても、この先の1年が価値あるものになることを、切に願っています。

 

司法浪人の苦しみを知り、運よくそこから先へ進めた身として、何かできないかと思い、書かせてもらいました。もしこの記事を読んで嫌な気分になったという方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。至らぬ点をお赦しいただければ幸いです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。