arukikkuの日記

映画、ゲーム、小説、漫画、アニメ、などの感想。独断と偏見で好き勝手に書いてます。

蒼穹のファフナーEXODUS 感想

1、作品について

 XEBEC制作による日本テレビアニメ作品。第一作が2004年7月に放送後、2005年にスペシャル番組『蒼穹のファフナー RIGHT OF LEFT』、2010年に映画『蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』、2015年にTVシリーズ2期『蒼穹のファフナー EXODUS』が制作された。2016年12月29日、『蒼穹のファフナー THE BEYOND』の制作が発表された(媒体は不明)。

 「島・ロボット・群像劇・少年少女」をキーワードにオリジナルアニメとして企画・制作されており、近未来、未知の生命体“フェストゥム”によって侵略され人類存亡の危機に瀕した地球で、南海の孤島“竜宮島”を主な舞台とし少年少女たちが巨大ロボット“ファフナー”に搭乗して島を守る。(wikipediaより)

 

2、ネタバレなし感想

 シリーズすべて視聴済みです。そのうえでEXODUSの感想を中心に。

 ファフナーは2期から見始めて、その後色々遡りました。アニメはこれまで数十本みてますが、ファフナーはその中でも特に自分にとって意義ある作品で、特別です。まだ見てない人がいたらとにかく見てほしいので、その魅力を端的にまとめると

 

・重たいテーマと全力で向き合っている

 生と死、戦いと平和、相互理解と共存の困難など、難しいテーマと真っ向から勝負して、かついくつかの希望ある結論へと導いているのがこの作品の凄いところです。

 それでいて思春期の感情やロボアニメとしてのアツさをハイレベルに兼ね備えていて、エンタテイメントとしてもめっちゃ面白い。

 

・大人がまとも

 戦争やら哲学やらをロボアニメとして描いた作品はエヴァとかガンダムとか色々ありますが、ファフナーとの一番の違いは、大人がめちゃくちゃまっとうで子供を愛しているところです。子供に闘わせている責任を自覚し、どうしたらその負担を軽減できるか、争いでない未来に繋げられるかを日々必死に考えている。それだけでなく、平和を文化として尊重していて、争いが避けられないなかでもなんとかして平和という文化を残そうと頑張っている。これが他のロボアニメと一線を画す凄い部分だと思います。

 大人たち自身、人類間の争いとか困難な時代を生きてきた上で、竜宮島を作っているので、短期的でなく、長期的な視点から、どうしたら人類が存続できるか、平和を少しでも繋げていけるかを考えている。そして、それを次の世代も理解し、親を大切に想い、継承している。大人たちのそういう姿勢から、戦う若者たちもみんながこの島の人々を愛し、その価値を理解して動いている。そこがマジで凄い。

 

・他人事じゃない

 あんまりフィクションと現実を混ぜるべきじゃないけど、竜宮島をみてると凄く感じるし、おそらく意図して作られているんだろうと思うのは、この島の状況はもろ日本だと思います。そして、EXODUSでは、今の日本と世界との関わりを今後どうしていくか、というとても難しいが向き合うべき問題について間接的に描いていると思います。

 

 1期については(少し1期ネタバレになりますが)、15話から面白いみたいな話を聞いていたのですが、個人的には10話くらいから「子供たちに平和を知ってほしくて争いの日々の中でも日常をつくっている大人」の姿が描かれていて、他のアニメとは違う魅力を発揮してたと思います。また、ザイン登場あたりからは、ロボットアニメとしてとにかく熱い。一騎と総士、そして人間とフェストゥムの「対話」についてもの凄く真摯に描かれていて、どうしたら争わなくて済むか、お互いを分かり合えるのか、というテーマと本気で向き合って、いくつものヒントと答えを生み出したとても建設的な作品だと感じました。

 しかし、お話的には劇場版で一騎と総士の関係や希望にも一区切りついて、ここで終わってもいいのではないかと思えた蒼穹のファフナーシリーズ。これだけ重たい作品で2期をやるなら、1期・RoL・劇場版と積み上げてきた物語や視聴者との信頼の先に、次のレベルへ向かわなければならない、ということで、冲方さんはじめスタッフ陣が選択したのが「EXODUS」。

 EXODUSになり、島だけを描けばいい状況から相手コミュニティである新国連フェストゥム側も描く必要が生じ、コミュニティレベルの描写と各人レベルの描写が膨大に必要になった結果、後半尺不足だったのは否めないと思います。大分重い分毎週冗談抜きにして胃が痛いし、ところどころ理解しきれないし、なんというか脳と胃をすごく疲弊させるコンテンツなのは間違いない。しかし、制作陣はこの作品を重く深く受け止めることを視聴者側に求めていると感じるし、実際この作品がトライしてる問題自体はもの凄く向き合う価値あるものだと思う。だから、描くべきものを描いている姿勢をとても良いと思うし、この先もずっと追い続けて考えていきたいです。

 

 何が言いたいかというと、とにかく見てない人は1期→RoL→劇場版→EXODUSの順で見てくれ。

 

 

 

3、ネタバレ全開語り

 ファフナーについては正直、複雑すぎて全然理解が足りてない部分が非常に多いです。素晴らしい考察ブログが多々あって、読むたび「なんだこの人…エスペラントなのか?」ってレベルで感動するので、そこには全く及ばないのは自覚した上で、書きたいことを書きなぐります。ご容赦ください。

・テーマの変遷

  そもそも平和とは「非戦時」だと定義すれば、竜宮島がいう平和(おまつりやったりとか)って全部演技になっちゃって、平和ではないんじゃないかっていうのが、ファフナーシリーズに対して抱いていた最初の疑問でした。でも、例えば自国は非戦時でも、世界のどっかで戦争してたらそれは本当の平和ではない、と考えれば、本当の平和なんてこの世界にあったことは多分一度もない。一騎が平和だと信じてた頃の夢を見たいと言ったように、主観的には平和な時代はあるかもしれないけど、客観的に見ればそんな時代はどこにもないことになります。そのなかで何を竜宮島が残したいのかといえば、普通に学校行って勉強したり、みんなで遊んだり、家族でご飯を食べたり、祭りでいなくなった人に思いを馳せたり、そういう普通の感覚を大事にできる時間なんだろうと思います。そして、それが竜宮島の平和であり、そういう時間を戦時でも作って共有することが、あの島の目的といえると解釈しています。

 しかし、今シリーズで竜宮島は、より外の平和のために、島の平和を危険に脅かしてまで島から外の世界へ希望を送り出し、その選択が島の眠りと全島民のEXODUSという結果をもたらした。そして、その選択の結果に至る各人の物語を描いた。

 エメリーたちとの邂逅や新ミールの到来という致し方ない要因があったとはいえ、外の世界と関わらずに島だけで生きていくという選択も出来たと思うけれど、そうしなかったのは人類最大の希望である美羽をもつ島の意義と責任を、真壁指令がより長期的な観点からみて判断したからなのだと思います。その判断はおそらく正しかったし、そうしなければ島はもっと早くに滅びたかもしれない。しかし、選択の結果島は沈み、住民全てが故郷を離れることを強いられ、多くの島民が命を失い、生き残った者も平和を失った。それでもそれが最も希望に満ちた未来だというあたり、もはや世界の状況は最善手を打ち続けても落ち続けていくような絶望期にあるといえる。しかし、そのなかでも希望と責任を失わないものだけが生き残り、存在し続けていく。生きるということは、そういう苦しみ・痛みのなかにあるもので、じゃあそういうなかで各人がどう役割を果たしますか、世界を祝福しますかっていうのが2期のテーマだったと思います。

 

・ロボットアニメとして

 格好良いとかっていう感情以上に、もうそれ以上戦わなくていいよ!っていう感情がでてくるのがファフナーの凄いとこだと思います。9話はそれが顕著でしたね。もの凄い無双で、めちゃくちゃ格好いいんだけど、当の本人たちは命を削っているんだという前提をこれまでに深く刻まれすぎてて、全然喜べないという。総士のポエムは毎回恒例でしたが、個人的に9話のが一番好きです。ついつい「ザイン二ヒト強えーー格好ええーー!」ってなる視聴者に対して、「これは相手の大事なものを奪ってるんやで」っていうお灸をすえてくる。分かり合おうとしている彼らからすれば、自分たちの同胞を守るために相手を消滅させるというのは当然求めていた選択ではなく、仕方のない行動であって、それに対して爽快感を感じる自分を嫌悪したくもなるような、ジレンマを感じさせるポエムでした。

 

・楽曲について

  angelaなしにファフナーはないというくらい、いつも作品に寄り添った楽曲を作ってくれる素晴らしいユニットで好きです。イグジストの「痛みさえ 通じ合えば」という歌詞がものすごくファフナーだし、「DEAD OR ALIVE and GO」という歌詞には生死の渦巻く中で、そのどちらもが確かに存在し、その存在の情報は先へ進むんだという希望が込められているのかなと。「ホライズン」も地平線にたどり着こうとする彼らのもがきが伝わってきます。そんな中で、特に人物に寄り添った楽曲が「その時、蒼穹へ」「暗夜航路」、そして「愛すること」。「その時、蒼穹へ」はファフナーの紛れもない主人公、一騎と総士の関係の辿り着いた成熟性というか、劇場版のときの総士病とかを思うと「君となら」まで来たんだなぁ…と感慨深くなりました。「暗夜航路」は最終回で流れて、ああこれ真矢の曲だったのかと思いました。自分の命の使い道をある種潔く見つけていく2人と比べ、真矢は確実に状況に選ばされているし、他者を犠牲にできるよう人間性を変えることを強いられている。その苦しみの種類が、他の子たちとは異なるもので、本作は真矢にとって大きな転換期だったのだなと改めて感じました。「愛すること」は、カノンのシンプルで強く儚い生き方がしっとりと胸に落ちるような詩でした。

 

・一騎、総士、真矢

  この3人の関係って不思議ですよね。3角関係?であり、しかし恋愛としては物理的に何一つ進展しないまま、精神的にはとても強靭な信頼関係で結ばれてきた。

  総士ほど子供のころからこの平和を譲ってもらったものと受け止めてその責任に尽くしてきた人はいないと思うし、彼の場合、自分の世代に平和を譲ってくれたのが大人の世代だけじゃなくりょうやゆみというとても近い先輩達、同世代だったことを良く知っている。だからこそ幼さに甘えてはいけない、年齢問わず責任を果たさなきゃいけないことを強く背負ってきたんじゃないかと思います。そんな総士を、2期では同期の仲間たちが支えて、時に指揮して闘う。これまで総士が背負ってきたものをみんなで共有し、主従ではなく共に戦っているというのが、胸にきますね…。フェストゥムの側に痛みをもたらし、その役目を全うし、次の世代へ希望をつないで居なくなった総士総士個人としても、最後に凄く救われたんじゃないかなと感じました。でも生まれ変わったとはいえ、次作から君がいないのは、とても寂しい。

 一騎のことは、よくわからないです(笑)1期はいなくなりたい願望で対話下手のわかりやすい奴だった気がするんですが、2期は悟ったような部分が出てきて掴みにくい人になったような。戦いたがる、自分の命を使いたがるところが変わらないのは少し哀しいですが、それでも何のためにという部分がどんどん外を向くようになったのは、大人になったということなのかなと感じました。そろそろ真矢と進展してもいいと思うんだけど、その前に二人とも親的な何かになってしまったので、もう二人で両親をやればいいんじゃないかと思うよ…。

 真矢はある意味EXODUSの主人公でしたね。もっとも人のことをよく見て寄り添う子だった彼女が、人との戦いを担う存在になるというのはとても哀しいことだなと。他者を深く理解できるからこそ割り切れる、深く想えるからこそ優先順位をつけて犠牲にできる、という方向へシフトするなら、この先真矢の背負う者はもっと増えていくのだろうと思います。その責任を背負う覚悟も後戻りできない状況も出来てしまったし…。真矢はずっと、翔子の「一騎の帰ってくる場所を守る」という生きざまをどこかで背負い続けていると思うんですが、弓子の美羽への愛やカノンの想いも背負っていくのだとしたらさすがに折れそうな気がするので、支える人がいてほしい。それが一騎なのか美羽なのかはわかりませんが、責任の分強くなれてしまう、変われてしまう彼女にもまた、地平線が必要なんだろうなぁ。

 

・17話

  イグジストのOPでカノンが真矢と同列の扱いを受けている時点で結構察していたんですが、13話の犠牲~のポエムで「あ、今シリーズでカノンいなくなるわ」と確信しました。しかし、そのあまりにもカノンらしいいなくなり方にもうなんだか悲しいやら美しいやら苦しいやらなんやらで凄く泣きました。17話は間違いなく「誰かがいなくなること」を描く中でももの凄く美しい描き方だったし、それと同じくらい哀しい話だった。死に上も下もないとはいえ、カノンの死は間違いなく多大なる島への貢献によるもので、まさにこの上なく意味のある死だった。でもそのことよりも、最期の瞬間にカノン自身が流した涙と想いのほうが、ずっと心に残り続けている気がします。彼女の導いた未来は島と島の人々に残り、その愛情は視聴者に残るって感じなんですかね…。向こうで翔子と出会えていることを祈りたいです。

 

・島の子供たち

  自分が何のためにここにいるのか、をこれほど納得して生きている子供は多分竜宮島以外にいないんじゃないかな。EXODUSは、広登と暉の物語でもありました。

 冲方さんの脚本は素晴らしいと思ってるけど、正直広登についてだけは、その先を描くべきだったんじゃないかと思います。広登はあの年にしてあまりに成熟したまっとうな考えの青年で、まさに「早熟な実」だったから、暉や島のみんなにとっての向かうべき方向性やその心向きを示すまさにアイドルとしての役目は、正直EXODUS開始段階で果たしていたとも言える。ファフナーでは出来上がった人物(生き方を見つけた人、全うした人)から居なくなるので、広登のようなまっとうな若者が人の悪意に打たれるという絶望を示すことで、最大級に人同士が分かり合うことの難しさを描いたという点、人物として役割は全うしている。でも、彼は同世代にとって、暉たちにとっての希望だったわけで、この絶望的な状況をどう広登が生き進んでくれるのかを、個人的には見たかったです。まさしくみんなの希望になる人だっただけに。

 暉は、そんな広登の惜しさをわかっているからこそ彼の思いを継いだし、あんなに「島以外で死になくない」と言っていた彼がシュリーナガルを守って居なくなったことは、派遣部隊がもたらした成果で希望だったんだと思います。でも弟が姉と祖母を残して行くもんじゃないよ…彼が大人になって、子供たちに外の世界のことを伝えるさまを見てみたかったです。あと余談だけど、一騎を好きになる子も真矢を好きになる人もみんな居なくなるというのがまた哀しいですね。

 

4、その他

  beyondがこの先どんな未来を描くのか予想もつきません。こそうしの反抗期だとすると、なんだか1作目に戻っちゃう感じがするし、テーマ的にはやっぱり別コミュニティの共存を丁寧に描いて欲しいです。あとは、いちファンとしては、完全に大人側になった島の子供たちが生存限界を迎える前に、何か幸せな、それこそ平和な姿がみたいです。

 長文駄文に付き合ってくださりありがとうございました。